ゲタリンピックとは?

ゲタリンピックの歴史について

 ゲタリンピックの始まり

平成5年(1993年)商店街活性化事業の一環として、松永商店連合会青年部約20名が、地域の住民や福山大学学生とのコミュニケーションを図るために松永駅北口商店街のメインストリート約150mを使って障害物競走を行いました。翌平成6年(1994年)同事業の一環として、松永商店連合会青年部が下駄工場の協力により、松永駅南北商店街を会場にして第1回ゲタリンピックを開催しました。

◆ゲタリンピックの考え方について

 コンセプト

「学術・文化の交流拠点としてのまちづくり」
松永は、福山大学をはじめ、福山市松永はきもの資料館等の学術文化の施設を有する地域です。また、松永地域は全国に誇れる特産の下駄・藺草・塩で栄えました。この特産品を活用した競技性のある祭りを継続的に実施することにより、人と人との和が生まれ、活力ある地域づくりが進むものと確信しています。

 

◆主 旨 

第 26 回ゲタリンピック2019主旨

平成から令和に変わり、新しいゲタリンピックのスタートを切るにあたり、テーマを「スマート」と致しました。地域の交通事情や、スタッフの減少など、現在に合うコンパクトなイベントに変化する必要があると考えました。会場場所やイベント内容を効率よく運営し、内容のぎゅっと詰まった楽しいゲタリンピックを目指します。

ゲタリンピックは何処へ

ゲタリンピック実行委員会は、年々新しい新鮮な発想の若いメンバーも増えてきました。当日のボランティアスタッフも500名になろうとしています。各種団体企業からの協賛も約700社にも及び、それぞれが深い絆で結ばれ人的ネットワークが形成されてきました。そこでは、「松永のまつりから世界の祭りへ」と夢は大きく膨らんで行くのです。祭りを通じて街を観察し、比較する。「もっと住みよい街にするには」「もっと元気な街になるためにはどうしたらいいのだろうか」。いつもそんな未来の話をする。そんなまちおこしグループへと成長していければと思います。